歯痛春分

 起きたら歯が痛い。実は昨晩から痛かった。でも寝れば治まっているかと思ったのだ。そうしたら朝から痛かったものだから、気持ちが沈んだ。歯医者かー、歯医者通いの日々かー、とすっかり気が重くなった。そう言えば、当日にこの「おこめとおふろ」の記事を書いておきながら完全に書き忘れたのだけど、4日前の3月17日で、岡山の今の住まいに移ってきて丸4年が経過したことになるのだが、前回の歯医者通いはこちらに来てわりとすぐのことだったので、前回の治療から3年あまり、もったことになる。3年か。まあそんなもんかな、そろそろ次の治療時かな、などと思う。しかしそうやって落ち込んで何十分か経ったときに、いや待てよ、と思う。そう言えば何ヶ月か前にもこの痛みはあったのだ。そして前回のとき、やはり僕は歯医者通いの諦念をしばし抱き、だがそこで起死回生のひらめきにたどり着いたではないか。すなわち、これは虫歯の痛みではなく、親知らずが騒いでおるのだと。それで奥歯の一帯が鈍痛を訴えるのだと。虫歯ならば歯医者に行って治療してもらう以外、よくなる筋道はないけれど、親知らずはそうではない。親知らずは、たまにこうして蜂起し擾乱するけれど、じっと耐え忍んでいたら収束する。逆に歯医者に行って親知らずの痛みを訴えたら、「じゃあ抜きましょう」などと言われ、大ごとになってしまう。抜くやつなんかするもんか。配偶者の二度に渡るそれにより、こちとら恐怖心だけはこれでもかと掻き立てられているのである。だからこれはイブを服んで嵐が過ぎ去るのを待つのが正解。氷河期を乗り切った小動物がごとく、粛々とそのときが来るのを待とうと思う。
 春分の日だけど雨なので、今日は買い物デーとする。午前中に近所のショッピングモールに行き、細かい買い物をした。ダイソーのキーホルダー売り場で、おでんの食品サンプルのシリーズを見つけ、去年に寿司のシリーズは何点か買ったのだけど、おでんは初めて見たので色めき立つ。大根、ちくわ、こんにゃく、ロールキャベツと、何種類かあったが、その中で最も心を惹かれた玉子をひとつだけ買った。茹で玉子は実寸大と言ってよく、つまりキーホルダーとしてはわりと大きい部類だと思う。重みもしっかりしていて、本物よりも多少重くさえあるかもしれない。おでん種の設定なので、表面はほんのり茶色に染まっていて、しかしそれだけである。一部がカットされて中の黄身が見えるとか、そういう細工も一切なく、質実剛健に実寸大の玉子。異様である。お店で、おでんの食品サンプルシリーズとして、大根やこんにゃくの隣に並んでいるから成立するのであって、これ単体ではなんなのかさっぱり判らないだろうと思う。そこがいいと思った。そして帰宅してからバトン入れに付けた。手作りのあの袋だけでも他人に戸惑われるのに、そこへ来て正体不明の巨大なキーホルダー。訊ねれば「おでんの玉子です」という答えが返ってくる。うん。いいじゃないか。友達ができそうじゃないか。
 それから衣料品の店に寄って、トレパンを1本買う。ランニングシューズを買ったものの、ウエストポーチがなければ遠くに走っていけない、ということを前に書いたが、ファルマンが押入れの奥から、若い時分に使っていたというものを取り出してき(やがっ)て、解決してしまい、しかしウエアに関して、上はなんでもいいけど、下はチノパンやスラックスというわけにもいかないので、なんかしらを買わないといけないな、そうでないとジョギングなんかできないな、と考えていた。そしてそれももう購ってしまったのだった。さらにはダイソーで反射素材のタスキも買ったため、なんかもう、走れない物理的な理由がとうとうなくなってしまった。こう物理的な方面が次々に陥落してしまった以上、頼るべきは精神的な方面だ。そっちは任せとけよ。
 帰宅して、午後はのんびりと過す。ポルガは夕方から、祝日も関係なく毎週水曜日のスイミングに出掛けた。晩ごはんは、雛祭りのときのちらし寿司の素が残っていたので、それでちらし寿司にする。あと鰯の天ぷら。天ぷらは、失敗が続いたのでしばらく敬遠していたが、鰯がおいしそうで、ちらし寿司のサイドメニューにぴったりだと思ったので一念発起した。そうしたらおいしかった。天ぷらは、メインを天ぷらとして、エビやら舞茸やら芋やらかき揚げやら、ということを目論むと失敗するが、こうして単品を気軽に揚げるのならいいんじゃないかと思った。